東京地方裁判所 昭和48年(ワ)6856号 決定 1978年3月03日
原告 千葉美晴
被告 富士信用組合
主文
証人斎藤幸蔵の本件証言拒絶は理由がある。
理由
一 原告は、被告が原告を解雇したのは、原告が東京金融労働組合(以下「金融労組」という。)の組合員として組合活動をしたことを理由とするもので不当労働行為として無効であると主張し、右事実を立証するため証人斎藤幸蔵の尋問を求めたが、斎藤証人は、原告訴訟代理人の主尋問に対して「被告の従業員中には原告以外にも延八名の金融労組員がいたと思う。」旨証言し、昭和五二年一二月八日午前一〇時の証拠調期日における被告訴訟代理人の反対尋問に対し「かりに現在被告の従業員中に金融労組員がいるとしても、それがだれであるかは答えられない。」旨供述し、更に昭和五三年二月一五日午前一〇時の証拠調期日における当裁判所の問に対して「被告の従業員中に金融労組員が現存するが、同人らは、いわゆる非公然の匿名組合員であつて、金融労組をはじめ信用組合等の従業員をもつて組織された労働組合の連合体である全国信用金庫信用組合労働組合連合会(略称「全信労」)の書記長である証人としては、その者の氏名を明らかにすることはできない。」旨証言拒絶の理を述べ、かつ別紙記載のとおり陳述した。
被告訴訟代理人は、右証言拒絶の当否につての裁判を求めた。
二 よつて案ずるに、一部の労働組合が特定の事業所に雇用されている組合員を匿名組合員としいわゆる非公然の組合活動を行つていることは当裁判所に職務上顕著な事実であるが、労働組合が顕名のうえ対使用者関係において公然の組合活動を行うか又は組合員を匿名とし労働組合の存在自体をも秘匿して専ら組合勢力拡充等のための組合活動を行うかは、当該労働組合が本来自由に決定し得るところであつて、これを対使用者との関係において不公正ないし不相当とすることはできないのであるし、右のように労働組合が、その組合員を匿名組合員とすることは、当該組合員の存在を対使用者関係における労働組合の秘密と定めたことにほかならないのであるから、当該労働組合の組合員がこれについての秘守義務を負担すべきことはもちろん、右組合の上部団体の役員も、その職務の性質上当然に右の秘密を遵守すべき義務を負うものと解しなければならない。
ひるがえつてこれを本件について見るに、全信労が前記のとおりの連合体であることは当裁判所に職務上顕著な事実であつて斎藤証人がその書記長であることは被告の明らかに争わないところであり、金融労組が現在被告の事業所において支部その他として公然化していないことは弁論の全趣旨に照らして明らかであるから、斎藤証人が供述するとおり被告の事業所に金融労組の匿名組合員が現在するとすれば、その氏名は金融労組の上部団体の役員たる地位にある同証人にとつては、前叙の理由により民訴法二八一条一項三号所定の職業の秘密に属するものといわなければならない。
そうして見ると斎藤証人の前記証言拒絶は、同条の規定によつて許容すべきものであるからこれを正当として、主文のとおり決定する。
(裁判官 原島克己)
(別紙)
証言拒絶理由書
右事件につき、昭和五二年一二月八日の証人尋問期日において、証人として出廷し、被告代理人の質問に対し、証言を拒絶(証人調書質問事項二八)した理由は次のとおりです。
証人は全国信用金庫信用組合労働組合書記長として、職務上、所属組合員の氏名を把握しているものであるところ、所属組合員の氏名をその経営者に対して告知するか否かは当該組合のきめることであり、かかる事項を経営者に明らかにしなければならないとすれば、不当労働行為に手を貸すことになり、憲法二八条の労働者の団結権を侵害する結果になるので、民事訴訟法第二八一条一項三号の「職業の秘密に関する事項」として証言を拒絶いたします。